『射る』という上一段の動詞を取り上げて、いわゆる活用や語法の発達(人によっては「乱れ」と呼ぶかもしれません)について考えてみようと思います。多くの日本語を話者が弓と矢という道具ないし武器を用いることもなければ、実際に目にすることすら極端に少なくなった(場合によってはなくなった)ことに原因があるかもしれませんが、弓道やアーチェリーなどの文脈、もしくは弓矢を使って戦いや狩猟をする時代ないし場面を話題にする際にしか文字通りの意味では用いられないようで、他の文脈、他の話題で日常的に用いるとすれば、比喩的な意味での使用が普通のようです。そうした使用の偏りが、この動詞の語法に反映しているようです。
『射る』は、もともともっぱら『矢』を目的語に取る他動詞だったようです。大野・佐竹・前田先生の辞典を引きますと、
〔上一〕矢を発射する。
とあります。ところが、実際に『弓を射る』という表現をネット検索してみると、約 650,000 件も見付かります。ちなみに『矢を射る』の方を検索しますと、約 825,000 件が拾われてきますので、一方が圧倒的な割合を占めるとはもはや言えないかもしれません。つまり、現代日本語では、『弓を射る』も『矢を射る』も可能な表現となっているということです。
この点で興味深いのは、「日常的」に弓矢を話題にすることが多いと思われる人々の間では、「射る」対象は「矢」であって「弓」ではないことが程度の差こそあれ意識されているらしいということです。デビール田中さんという方がご自身のホームページで、「間違いやすい弓道用語」(ecoecoman.com/kyudo/howto/kotoba.html)を紹介して下さっています。その中に、「弓は引くもの・矢は射るもの」という項を上げ、
○:弓を引く
△:弓を射る、撃つ
×:弓を打つ
という見出し毎に簡単な解説を加えて下さっています。ここからも、やはり本来は「矢」を「射る」のであって、「弓」を射るわけではないという理解が読み取れます。けれども、同時に多くの人が「弓」をも「射る」と表現するという実態を受けて、そうした言い回しも許容する姿勢が示されているようです。
2010年7月22日木曜日
前置詞のtoとwith(5)
では、最後に「前置詞のtoとwith(1)」で提起した、「XをYと比べる」にはwithを、「XをYに例える」にはtoを用いてきたのは何故かという問いに答えてみましょう。前置詞のtoとwithは、各々と一緒に用いられる形容詞との関係から、それぞれ「近い・似ている」と「同じ場にある・同じ」という意味と密接に結び付いていることが分かりました。言い換えれば、X to Y、X with Yは、それぞれ「XがYに近い、XがYに似ている」こと、「XがYと同じ場所にある、XがYと同じ」ことを意味するものとして特徴付けることが出来ます。
すると、SVX to Yは「SがXをYに近いか似ている関係に移動させる」ことを、SVX with Yは「SがXをY同じ場所か同じである関係に移動させる」ことを表す構文として特徴付けられることになります。実際、SVX to Yで用いた際にcompareが本来持つとされる「例える」の意味は、「近いか似ている関係に移動させる」ことに他なりません。また、SVX with Yで用いた場合にcompareが本来持つとされる「比べる」の意味は、「同じであるか」どうかを調べようとして同じ場所に並べることになりますから、正に「同じ場所か同じである関係に移動させる」ことに相当します。
こうした理由からcompareという動詞は、SVX with Yで「XをYと比べる」という意味を、SVX to Yで「XをYに例える」という意味を表現するということが納得出来ないでしょうか。この話題の冒頭でも指摘したとおり、現在でもこの区別を意識している話者も少なくはないようです。そうした区別をあまり厳密にしない話者が増えて一方で、依然として「XをYと比べる」にはwithを、「XをYに例える」にはtoを用いるという区別を意識している話者たちがいることも事実です。けれども、それは、大した理由もなく単に意固地でそれに固執しているというものではないらしいことが感じ取れないでしょうか。compareという動がSVX with YとSVX to Yのそれぞれの構文で用いられる際には、withとtoという二つの前置詞の意味や機能に起因する構文の違いに基づいて、動詞の意味が使い分けられていると考えるのが妥当だと思われます。
すると、SVX to Yは「SがXをYに近いか似ている関係に移動させる」ことを、SVX with Yは「SがXをY同じ場所か同じである関係に移動させる」ことを表す構文として特徴付けられることになります。実際、SVX to Yで用いた際にcompareが本来持つとされる「例える」の意味は、「近いか似ている関係に移動させる」ことに他なりません。また、SVX with Yで用いた場合にcompareが本来持つとされる「比べる」の意味は、「同じであるか」どうかを調べようとして同じ場所に並べることになりますから、正に「同じ場所か同じである関係に移動させる」ことに相当します。
こうした理由からcompareという動詞は、SVX with Yで「XをYと比べる」という意味を、SVX to Yで「XをYに例える」という意味を表現するということが納得出来ないでしょうか。この話題の冒頭でも指摘したとおり、現在でもこの区別を意識している話者も少なくはないようです。そうした区別をあまり厳密にしない話者が増えて一方で、依然として「XをYと比べる」にはwithを、「XをYに例える」にはtoを用いるという区別を意識している話者たちがいることも事実です。けれども、それは、大した理由もなく単に意固地でそれに固執しているというものではないらしいことが感じ取れないでしょうか。compareという動がSVX with YとSVX to Yのそれぞれの構文で用いられる際には、withとtoという二つの前置詞の意味や機能に起因する構文の違いに基づいて、動詞の意味が使い分けられていると考えるのが妥当だと思われます。
前置詞のtoとwith(4)
前回、X to Yは「XがYに近い、XがYに似ている」という意味を持ち、X from Yは「XがYから遠い、XがYと違う」という意味を持つらしいことを指摘しました。これは、同様に「近い」を意味するnearやapproximateも、「似ている」を意味するlikeやanalogousあるいはcomparableも、同様にtoと共起することから裏付けられます。因みに、toと対をなすfromの場合も、やはり「遠い」ことや「違う」ことを含意するseparateやdistinctと共起しやすいという点で同様です。
さて、それではwithの意味はどうでしょうか。toの場合と同様に形容詞との共起関係を頼りに考えてみたいと思います。先ず、「近い」や「遠い」のように具体的な意味としては、固い語ですがparallelやconcomitantやcoincidentのように「同じ場にある」ことを意味する形容詞と共起しますし、「似ている」や「違う」に類する抽象的な意味では、equalやidenticalのように「同じ」という意味の形容詞と共起します。従って、withは寧ろ「同じ場にある」こと、「同じ」ことという意味と密接に結び付いていると考えることが出来ます。
興味深いことに、これらwithと共起する形容詞の中には、parallel、concomitant、equal、identicalのようにtoとも共起するものがあり、それらがwithではなくtoと共起した場合には、「同じ場にある」や「同じ」ではなく、「近い」、「似ている」に意味がぐっと傾くようです。この点でも、withとtoの特徴付けは妥当でありそうです。
さて、それではwithの意味はどうでしょうか。toの場合と同様に形容詞との共起関係を頼りに考えてみたいと思います。先ず、「近い」や「遠い」のように具体的な意味としては、固い語ですがparallelやconcomitantやcoincidentのように「同じ場にある」ことを意味する形容詞と共起しますし、「似ている」や「違う」に類する抽象的な意味では、equalやidenticalのように「同じ」という意味の形容詞と共起します。従って、withは寧ろ「同じ場にある」こと、「同じ」ことという意味と密接に結び付いていると考えることが出来ます。
興味深いことに、これらwithと共起する形容詞の中には、parallel、concomitant、equal、identicalのようにtoとも共起するものがあり、それらがwithではなくtoと共起した場合には、「同じ場にある」や「同じ」ではなく、「近い」、「似ている」に意味がぐっと傾くようです。この点でも、withとtoの特徴付けは妥当でありそうです。
前置詞のtoとwith(3)
さて、前置詞toとfromが共起しやすい形容詞は、close、farの他にもないでしょうか。すこし固い表現になりますが、similarとdifferentがあります。これらも、前回に見たclose、farの場合と同じように、to、fromそれぞれとの共起にはっきりとした傾向があるようです。similar toとdifferent fromが頻度の高い言い方で、前置詞を入れ替えたsimilar fromとdifferent toは、それに比べて用いられにくいようです。
試しにインターネット検索を試みると、“is similar from”が約 209,000 件なのに対して、“is similar to”は約 902,000,000 件に上ります。また、“is different to”が約 11,900,000 件なのに対して、“is different from”は約 99,600,000 件を数えます。different toは、similar fromに比べて多くの使用例が見付かることから、different fromほどではないにしろ、ある程度の使用率がある表現であると見て良いでしょう。ですが、similarとto、differentとfromの結びつきは、前置詞を入れ替えた場合に比べて遥かに密接であることは確かです。
以上のことをまとめると、toは「似ている」と、fromは「違う」という意味と関係が深いということになります。closeとfarとの関連で指摘した「近い」と「遠い」の意味を合わせると、X to YとX from Yは、次のように特徴付けることが出来ます。
X to Y:XがYに近い、XがYに似ている
X from Y:XがYから遠い、XがYと違う
試しにインターネット検索を試みると、“is similar from”が約 209,000 件なのに対して、“is similar to”は約 902,000,000 件に上ります。また、“is different to”が約 11,900,000 件なのに対して、“is different from”は約 99,600,000 件を数えます。different toは、similar fromに比べて多くの使用例が見付かることから、different fromほどではないにしろ、ある程度の使用率がある表現であると見て良いでしょう。ですが、similarとto、differentとfromの結びつきは、前置詞を入れ替えた場合に比べて遥かに密接であることは確かです。
以上のことをまとめると、toは「似ている」と、fromは「違う」という意味と関係が深いということになります。closeとfarとの関連で指摘した「近い」と「遠い」の意味を合わせると、X to YとX from Yは、次のように特徴付けることが出来ます。
X to Y:XがYに近い、XがYに似ている
X from Y:XがYから遠い、XがYと違う
前置詞のtoとwith(2)
翻って考えてみると、toはfromと対になりやすい前置詞です。そこで、先ずはこれら二つの比較からtoの意味を引き出すことを試みてみようと思います。形容詞との共起関係を参照することで、toの意味がより豊かに浮かび上がるはずです。
toやfromと一緒に用いられやすい形容詞としては、第一に遠近を表すclose (to)、far (from)が思いつきます。興味深いことに、「~から近い」や「~へは遠い」の意味を表現するにしても、close fromやfar toはclose to、far fromに比べて用いられにくいようです。その証拠に、それぞれの表現を検索してみると、 “is close from”は「約 141,000 件」、“is far to”は「約 6,590,000 件」なのに対して、“is close to”は「約 101,000,000 件」、“is far from”は「約 108,000,000 件」に上ります。
“is close from”の「約 141,000 件」と“is far to”の「約 6,590,000 件」は、依然として数字は大きいように見えますが、一つ一つを見ていくと、日本人が書いたらしいページが際立って多い印象を覚えます。どうか、ご自身で検索を掛けてご確認してみて下さい。それに比べると、“is close to”の「約 101,000,000 件」と“is far from”の「約 108,000,000 件」は、いずれも桁違いに多いだけでなく、日本人が書いたらしいページも“is close from”や“is far to”ほどには目立たないようです。
このように、“close from”や“ far to”は程度の差こそあれ不自然で、“close to”や“far from”の方が自然であるというのが事実であるとすれば、toは「近い」こと、fromは「遠い」ことと密接な意味を持っているということが分かります。つまり、X to Yは「XがYに近い」ことを、X from Yは「XがYから遠い」ことを意味すると理解することが出来ます。これに従えば、compare X to Yは「XをYに近い関係に移動させる」ことを意味すると捉えられます。
toやfromと一緒に用いられやすい形容詞としては、第一に遠近を表すclose (to)、far (from)が思いつきます。興味深いことに、「~から近い」や「~へは遠い」の意味を表現するにしても、close fromやfar toはclose to、far fromに比べて用いられにくいようです。その証拠に、それぞれの表現を検索してみると、 “is close from”は「約 141,000 件」、“is far to”は「約 6,590,000 件」なのに対して、“is close to”は「約 101,000,000 件」、“is far from”は「約 108,000,000 件」に上ります。
“is close from”の「約 141,000 件」と“is far to”の「約 6,590,000 件」は、依然として数字は大きいように見えますが、一つ一つを見ていくと、日本人が書いたらしいページが際立って多い印象を覚えます。どうか、ご自身で検索を掛けてご確認してみて下さい。それに比べると、“is close to”の「約 101,000,000 件」と“is far from”の「約 108,000,000 件」は、いずれも桁違いに多いだけでなく、日本人が書いたらしいページも“is close from”や“is far to”ほどには目立たないようです。
このように、“close from”や“ far to”は程度の差こそあれ不自然で、“close to”や“far from”の方が自然であるというのが事実であるとすれば、toは「近い」こと、fromは「遠い」ことと密接な意味を持っているということが分かります。つまり、X to Yは「XがYに近い」ことを、X from Yは「XがYから遠い」ことを意味すると理解することが出来ます。これに従えば、compare X to Yは「XをYに近い関係に移動させる」ことを意味すると捉えられます。
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