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2010年8月19日木曜日

『射る』(3)

(1)と(4)に挙げた『矢を射た』、『矢を射て獲物を仕留めた』が標準的な観点からは正しいとされる形であることを確認しました。けれども、その一方で、(2)と(5)の『矢を射った』、『矢を射って獲物を仕留めた』も正しいと感じる人も少なくなさそうだということを指摘しました。いや、寧ろ(2)や(5)の方が自然だと言う方さえいるかもしれません。これは、どういうことでしょうか。
 実は、国文法(特に学校文法)で上一段や下一段の活用をすると言われる動詞は、『る』で終わる五段活用の動詞と終止形・連体形および仮定形が同じです。別の言い方をすれば、語幹が-iまたは-eで終わる母音幹動詞は、-rで終わる子音幹動詞と非過去-(r)uまたは仮定形-(r)ebaを取った形が見かけ上はどちらもruで終わる点が同じです。『居る』と『要る』、『変える』と『帰る』を例に取れば次の通りです。

i-ru『居る』、i-reba『居れば』
ir-u『要る』、ir-eba『要れば』

kae-ru『変える』、kae-reba『変えれば』
kaer-u『帰る』、kaer-eba『帰れば』

これらの動詞は、いずれも『射る』に比べると依然として使用の頻度が高く、使われる文脈や話題の範囲も遥かに広いため、否定の-(a)nai、丁寧の-(i)masu、完了の-(i)ta、連続の-(i)te、仮定の-(r)ebaなどと共に用いられます。そうした中で、いわゆる未然、連用、終止・連体、過程などのいわゆる「活用形」に相当する様々な形が頻繁に現れるため、『居る』や『変える』はいわば正格の「上一段」や「下一段」の個々の活用形に対応する形式が意識的に用いられやすいのでしょう。
 そんな中でも、『要る』が-(r)ebaと一緒に用いられる頻度は、-(a)nai、-(i)masu、-(i)ta、-(i)teに比べると低いようです。ネット検索してみると、次のような件数になりました。しかも、『要れば』の例を見てみると、『どなたか知っている方が要れば教えてください。』や『君が要れば』のような誤変換の例も相当数含まれているようです。『要る』という動詞に限ったとしても、このように活用形によっては使用頻度が比較的低いため、話者によっては許容しないということもあるようです。

『要らない』:約 4,150,000 件
『要ります』:約 540,000 件
『要った』:約 392,000 件
『要れば』:約 93,300 件
『要って』:約 490,000 件

 使用頻度の低い語形(国文法で言うところの活用形に相当するもの)は、話者にとって据わりの悪いものと感じるものです。何かもっと据わりの良いもの形はないものかと模索しがちです。『要る』の例を今一度引けば、『要った』や『要って』を余り用いないために、どうも据わりが悪いと感じる人は、高校の授業や受験勉強で『古文』を学んだ際の記憶や、文章を読む中でであった文語の表現などを参照して、『要りたり』や『要りて』を模索するかもしれません。そして、場合によっては、『要りたり』は古風で選択肢にはなり得ないが、少なくとも『要りて』は『要って』よりも据わりが良いように感じるということもあるかもしれません。

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