『射る』という上一段の動詞を取り上げて、いわゆる活用や語法の発達(人によっては「乱れ」と呼ぶかもしれません)について考えてみようと思います。多くの日本語を話者が弓と矢という道具ないし武器を用いることもなければ、実際に目にすることすら極端に少なくなった(場合によってはなくなった)ことに原因があるかもしれませんが、弓道やアーチェリーなどの文脈、もしくは弓矢を使って戦いや狩猟をする時代ないし場面を話題にする際にしか文字通りの意味では用いられないようで、他の文脈、他の話題で日常的に用いるとすれば、比喩的な意味での使用が普通のようです。そうした使用の偏りが、この動詞の語法に反映しているようです。
『射る』は、もともともっぱら『矢』を目的語に取る他動詞だったようです。大野・佐竹・前田先生の辞典を引きますと、
〔上一〕矢を発射する。
とあります。ところが、実際に『弓を射る』という表現をネット検索してみると、約 650,000 件も見付かります。ちなみに『矢を射る』の方を検索しますと、約 825,000 件が拾われてきますので、一方が圧倒的な割合を占めるとはもはや言えないかもしれません。つまり、現代日本語では、『弓を射る』も『矢を射る』も可能な表現となっているということです。
この点で興味深いのは、「日常的」に弓矢を話題にすることが多いと思われる人々の間では、「射る」対象は「矢」であって「弓」ではないことが程度の差こそあれ意識されているらしいということです。デビール田中さんという方がご自身のホームページで、「間違いやすい弓道用語」(ecoecoman.com/kyudo/howto/kotoba.html)を紹介して下さっています。その中に、「弓は引くもの・矢は射るもの」という項を上げ、
○:弓を引く
△:弓を射る、撃つ
×:弓を打つ
という見出し毎に簡単な解説を加えて下さっています。ここからも、やはり本来は「矢」を「射る」のであって、「弓」を射るわけではないという理解が読み取れます。けれども、同時に多くの人が「弓」をも「射る」と表現するという実態を受けて、そうした言い回しも許容する姿勢が示されているようです。
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