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2010年6月12日土曜日

I was surprised!(6)

さて、ここまで来ると、『私は驚いた』によりは遥かに『私は驚かされた』に近いと考えられる英語のI was surprised.が、当の『私は驚かされた』ともやはり違う点を明らかにすることが出来そうです。
 先ず、I was surprised.の場合、surpriseに対応する自動詞が存在しませんから、本来的他動詞が受身になっている、『私は騙された』、『私はそそのかされた』、『私は(心が)満たされた』、『私は(その存在を)印象付けられた』のような表現に相当します。これらには、『私は騙(だま)った』、『私がそそのいた』、『私の(心が)満ちた』、『私に(その存在が)印象付いた』のような自動詞表現が存在しません。そのため、「使役」が持つ「無理やりそうさせる」、「そうなることを止めない」、「そうするよう促す」のような含意を生じません。僅かに、「受身」が持つ「迷惑」の意味が喚起される場合がある程度です。
 それとは対象的に、『私は驚かされた』の方は、『私は(嘘を)信じ込まされた』、『私は楽しまされた』『私は喜ばされた』、『私は感動させられた』のように、『私は(嘘を)信じた』、『私は楽しんだ』『私は喜ばされた』、『私は感動した』という対応する自動詞表現でも十分表現可能な内容をわざわざ使役表現と受身表現を用いて、「無理やりそうさせる」、「そうなることを止めない」、「そうするよう促す」のような含意を喚起し、更に「受身」の持つ「迷惑」の意味を借りて、幅のある解釈を生み出しています。
 英語で言えば、I was forced/allowed/induced to believe a false story、I was forced/allowed/induced to enjoy myself、I was forced/allowed/induced to be gladのような言い方を選んでいるようなものです。これらは、I believed a false story、I enjoyed myself、I was gladのように言うことが出来るにも関わらず、わざわざ使役表現と受身表現を用いて、「無理やりそうさせる」、「そうなることを止めない」、「そうするよう促す」のような含意を喚起しています。そもそも対応する自動詞表現を持たないsurpriseが用いられたI was surprised.にはそのような含意が生じません。
 さて、最後にI was surprised.と日本語の『私は驚いた』、『私は驚かされた』の異同についてまとめてみましょう。I was surprised.は、(1)「何かが私を驚かす」という他動的な意味内容を含み、(2)その「驚かす」という力の行使の影響下に「私」がいたということを表現する、という点で『私は驚いた』よりも遥かに『私は驚かされた』という日本語の表現と類似している。けれども、(3)日本語の『驚かす』には『驚く』という対応する自動詞が存在するのに対して、英語のsurpriseには対応する自動詞が存在せず、(4)「自動詞が表す状況」を明示して、「無理やりそうさせる」、「そうなることを止めない」、「そうするよう促す」といった幅のある意味が生じないため、(5)表現される主な状況はX is Ved to doでのX doesのようなものではなく、(6)あくまでもbe surprisedでひとまとまりの状況を表現するという点では、『私は驚かされた』よりも『私は驚いた』に近いとも言える。

I was surprised.「私は驚いた(そうされた)」

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